「借金をしない 経営 24歳のころに学んだ話」

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左官な日常の話

こんにちは、ryoichiです。

さて、今日は昔のことを思い出し尊敬して忘れようにも忘れられない若かりし頃お世話になった社長さんについて書きのこしてみたいと思います。
22歳から24歳、最後の会社員時代を過ごしその後私は一度も会社に入ることはなかったです。

人生、涙あり笑いありですが「あんだ、誰よって何なん?」

「借金をしない 経営 24歳のころに学んだ話」
私の会社員経験は24歳で終了していますが、お世話になった2年8か月という時間が人生で最大級のお宝を手にすることになりました。

もう、26年も前の話になります。

22歳の春、家を飛び出したことがあった。
妻とこどもを連れて

そして、秋田県由利本荘市の工務店に面接をしてもらったのが幸運の始まりといえば大げさかもしれません。1年ほど経ったころ社長にこんなことを言われたことを思いだしていました

「お前はいずれ地元に帰って独立をする!」

だけどな、これだけは覚えておきなさいと言われてたことがありました。

✅1つは自信をもって行動しろ!
✅1つは借金経営はするな!

この言葉、今でも忘れられない。

 

そう、今、この社長みたいになりたいと心の中でおもっています。

「この会社で働いていたことが必ず良い方向に導く!」
この先、チャンスが来たら会社をつくって社長になって顔を出しに来てと耳元でささやかれた話。

この言葉、社長婦人から言われた言葉でした。

入社してから二年八カ月目、退職願提出
いきなり会社で旅行が決まり行くことになりました。

その夜の懇親会でお酒をそそぎに来てくれた社長婦人から
この旅行はあなたのため、今度会社に来るときは会社作って社長になって顔出しに来なさいと。

 

24歳で、こんなことを言われると思っていなかった私
右も左もわからないまま「はい!」と答えたと思います。多分

 

 

その後、時間は流れ35歳前後のころ
お世話になっていた会社の奥さんが亡くなっていた話を聞かされました。
私、本当にショックで何もしてやれないまま見送ることもできなくて
とっさに古巣である会社に電話をしていて仏壇にお供え物をと連絡をしていました。

 

電話をすると常務さんが電話に出てくれて
ryoichiですと言うとおぼえてくれていまいたね。

で、奥さんのことを尋ねてみてみると
そう、亡くなったって・・・・

気持ちが晴れないので、時間をあわせて会社に行きたいのですがと申し出ると「いいよ!」と答えてもらい、じゃ、社長にも連絡しておくから来てよって言われましたね。

ということで、35歳になったryoichiは由利本荘市〇吉建設に向かいます!

なごやかな話の流れで昔話が進む中、社長が30分後に登場!「あんだ、誰よ??」

はああああああ~~~!!!

出た出た、この社長の頭の中では私のことを「詐欺師あつかい!!」
てかね、忘れていると思いますよね。

だって2年8か月しか在籍してなかったんですもん。
でも、専務・常務から説明をうけて何となく思い出したような思い出している振りをして2000%思い出せないような顔、顔、顔!

 

まあ、どうでもいいのですがw

 

社長さんに奥様の仏壇にお供えものをと手渡し
ryoichiという訳の分からない田舎物が来たと伝えてくださいとお願いをしたことは事実、私の魂がとどいてくれればと思いました。

 

あれから24年の月日が流れ、社長となって挨拶にいけなかったことが私の中での後悔にあたります。もう少し早くアクションを起こしていれば喜んでもらえたのかな。

「借金をしない 経営 24歳のころに学んだ話」(最後に)

でも、35歳の頃の心の中には余裕もなかったのが本音です。

この先の未来のことは予測できませんが、挑戦を続けてもう一度古巣である会社にご挨拶ができるよう強い気持ちをもって日々を過ごします。

ps

憧れていた社長から、「あんだ、誰よ??」
これ、きつかったな。

 

pps

この記事で紹介させてもった会社は、
秋田県由利本荘市の菊吉建設株式会社さんです。

菊吉建設さんは、由利本荘市を拠点都市としています
・建築工事
・土木工事
・不動産業
・宅建業
・設計
・一般住宅建築

・住宅に関する業務を幅広く行っております。
ご相談がありましたらこのページからダイレクトにご連絡お願いいたします。

それでは!

 

 

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